■than I は than me より「正しい」のか?
「彼は私より年上です。」を英語で言うとき、以下の (1) を正解とする…などという時代遅れの英文法問題は、流石に最近では姿を消したのかと思いきや、「全国の学習塾関係者が一堂に会して、年に1回行われる模擬授業の全国大会」たるものの 2015年版の動画で、未だに 1970年代の英文法教育が行われている惨状を目にしてしまった。(1) He is older than I.この場合、現代英語では(特に口語では)明らかに(2) の方が普通であり、(1) を「正解・より正しい答え」と扱うのはやめた方が賢明である。
(2) He is older than me.
■thanは接続詞か前置詞か?
日本の大学入試問題集などの解説では、「thanの後は主格 (than I など) を使うのが本来正しいが、くだけた言い方では目的格 (than me など) が多用される」という記述がよく見られる。学校の定期テストなどで than I のみを正解としてしまう教員が絶えないのも、その(悪)影響といえよう。この「本来正しい」という言い方は、同時に than me 型の用法が「誤用であったものが一般的に広く使われるようになった」という考え方を含意していることになる。しかし、言語学的に分析するとこのような考え方は必ずしも正確とは言えないようである。
まず、than I 型を「正しい」と指示する人たちの根拠は、than が文法的には接続詞であり、上記 (1) の英文は以下の 2文を接続した結果生じたものと分析するところにある:
(1)' a. He is X (years) old.その後、than I という形を見て、than を前置詞と「勘違い」した連中が、
(1)' b. I am Y (years) old.
X>Y → He is older than Iam.
ちょっと~、than I って超ウケるんですけど~www…などと言いだした(?)のが広まって、くだけた会話表現ではthan me が使われるようになってしまった(けしからん!)
前置詞の後なんだから、than me じゃね?
⇒ than I 型が「正しい・より正式」と捉える、という感じであろう。
しかし、上記分析を支える「thanは接続詞」論というのも、実は絶対的なものではない。
例えば Huddleston & Pullum (2005) は、前置詞の範疇を、従来の「名詞句を補部に取るもの」に加え、「節を従えるもの・補部のないもの」へと拡張した分析を展開している:
(3) 補部に名詞句:We left before [the last act].このような考え方に立脚すれば、He is older than I (am). でも He is older than me. でも、thanの品詞は共通して前置詞と分析され、補部の形が異なるだけということになる。同書では、than(および as)は比較節という特殊な従位節をとる前置詞と分析されている。
「最後の幕の前に私たちは帰りました。」
(4) 補部に節:That was before he died.
「それは彼が死ぬ前でした。」
(5) 補部なし: I had seen her once before.
「私は、彼女に以前一度会ったことがあります。」
この比較節の中では、文脈から復元可能な要素は義務的に縮約される。上の (1)' であれば、than I (am) の後の Y years old の部分は省略されており、表面に現れることは出来ない。
したがって、than me の形は、「誤用の一般化」と言うよりもむしろ「前置詞 than の補部の再分析」と見て良いのではないだろうか。すなわち、than を前置詞と見れば、比較節の中で be動詞以降が省略された than I も、あるいは単純に目的格の代名詞を取る than me も同等に「正しい」のであり、残る問題は使用頻度と場面ということだけになる。
結果、現代英語においては than me 型が一般的に使われる形式として広く定着し、堅い文章では than I 型も用いられることがある…というのが妥当なところであろう。
また、Swan (2005) が指摘する通り、堅い文章で「than + 比較節」の形を使う場合には、動詞も伴うことが多いという事実にも注目する必要があるだろう。したがって、学習者には以下のような認識を勧めておきたい:
彼は私より年上です。
→ Informal: He is older than me.
→ Formal: He is older than I am.
(参考文献)
- Huddleston, R. and G. K. Pullum (2005) A Student's Introduction to English Grammar, Cambridge University Press, Cambridge.
- Swan, M. (2005) Practical English Usage, 3rd ed., Oxford University Press, Oxford.
- 八木克正 (2007) 『世界に通用しない英語―あなたの教室英語、大丈夫?』開拓社, 東京.
■「英語」を教えよ―誇り高き95点という考え方
ここまでの検討を踏まえて考えると、「学校のテストで×にされてしまう可能性があるから」といった程度のくだらない理由のために、than me をわざわざ「訂正」して than I の形で覚えさせるというのは、現実世界でのことばの姿を完全に無視した態度であり、英語を教えているとは呼ぶに値しない暴挙である。もちろん、諸悪の根源は than me を×にするような連中であろうが、(言語学的な分析までは知らずとも)それが文法的に問題ない・実際に世の中で使われている英語であることを知っている上で生徒と向き合っているのならば、一回限りのテストなどよりも、先々まで続く英語人生を見越して、真の意味で正しい用法を伝授することこそ責務である。
もっと言えば、
たとえテストで5点の配点となっており、 than me と書いて×にされたとしても、全体として90~95点取れるように責任を持って指導してやるから、現代英語として普通の形で書いて来い!その後の人生に何の価値も持たない5点を追い求めるよりも、誇り高く95点を取れ!!…と指導してこそ「英語教師」と呼ばれるに値する姿であろう。自分の profession は何であるのか、よく自問してみると良い。