市民には「怠けず勤勉に働くことを美徳」と吹聴した方が支配階級にとっては都合の良いことであるから、上のような読みが広まるのは自然なことではあるだろう。しかし、三男は本来【まともな行政の擬人化(擬豚化?)】と考えられるのではないかと思う。
つまり、一生分の時間をリソースとして捉えたとき、住環境を手っ取り早く整え、浮いた時間で音楽に興じ歌い踊っていた長男(Fifer)と次男 (Fiddler)の生き方が、本当によくないものと断じられるか?ということ。
もちろん、"Who's afraid of Big Bad Wolf?"というのは、生じうるリスクを軽く見積もりすぎという判断の誤りとして指摘できることではある。
しかし、不測の事態に備えるセーフティーネットの整備は(税金を支払うことで)行政に委託し、日常ではより自分たちが得意とする分野で文化活動に没頭するのは、別に怠惰でもなければ悪いことでもないだろう。
自己責任論を振りかざすというのは、全員が全員レンガの家を自分で建てろという方向に向かいうる。そうすると、一体誰が笛を吹き、ヴァイオリンを奏でるのか? 社会全体としても、Fiferと Fiddlerがいなくなってしまったら面白みがない。
☆Here is the Path to Wonderland★
今回の記事は、ほぼ英語と関係ない「急にどうした?」系の投稿ですが(^^; あくまでも「知的探求を愉しむ研究室」として、せっかくふと考えたので発信してみました。せめて英語に関係させるとすれば、3匹のこぶたの兄弟の名前、それぞれ名は体を表しているのです(というか、名前知ってました?):
- 長男 Fifer | ˈfaɪfə | → 横笛を吹く人
- 次男 Fiddler | ˈfɪdlə | → ヴァイオリン弾き
- 三男 Practical | ˈpræktɪkl̩ | → 実利的な
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