その 4F libraryで出会った本が『ハムレットは太っていた!』(河合祥一郎, 2001, 白水社)。
Hamletの 5幕2場の決闘の場面で、ハムレットの母親であるガートルドが、再婚相手であるハムレットの叔父クラウディアスに次の 1行目を言った後、ハムレットに向かって 2行目を言う(太字下線はガリレオによる):
He's fat and scant of breath.(太っていれば息が切れう)この fatの解釈は、シェイクスピア学者の間でも謎とされており、その事情を知っていたからこそ、上の本のタイトルが目に留まり読んでみたのですが、今まで知っていた内容から一歩進んだ考察が展開されており、思いがけない旅の収穫というものでした。
Here, Hamlet, take my napkin, rub thy brows.(はい、ハムレット、私のハンカチで額をおふき)※坪内逍遥 訳
3行でまとめると:
- ここでの fatの解釈として「運動(練習)不足」と「汗かき」の説があるが、どちらも論拠に不充分な点がある。
- 現代英語でこそ、fatには「デブ」というマイナスイメージを伴うが、ルネサンス期には「肉付きの良い」というプラスイメージがあったと考えられる。
- Hamletの「葛藤」というテーマの中で、「強靭な肉体」と、それを上回る「高い精神・理性」の葛藤を捉えると、従来指摘されてきたように「ハムレットに fatという人物像はそぐわない」とも言い切れない。
安井泉先生の「ことばのロマンスーことばから文化へー」(安井泉, 1997, 筑波大学「東西言語文化の類型論」特別プロジェクト研究報告書)を通して、Wooster大学の Waldo H. Dunn教授による "fat = 汗かき"説の流れは把握していましたが、上記 2~3の考察も興味深い。
確かに時代によって単語に付随するイメージは変化しうるものであり、例えば日本でも平安時代に「美人」と称された女性像が、現代社会で「彼女にしたいランキング No.1」に輝くか?といったら相当疑わしい。
同じように考えれば、「栄養価の高い食事を採れる」ことが貴重だった時代の作品を読む際に、現代英語の fatに伴うイメージを持ち込む妥当性を疑うことにも一理ある。この本で 上記 2.の論拠として挙げられていた例として、同時代の文学作品では、女性が自らの容姿の優れていることを自慢げに言うのに「私たち、今日も "fat and fair" でしょう?」という表現が使われていることを示している。
現代の、事あるごとにダイエットに励む女性からすれば卒倒するような単語の選択だが、「豊満な肉体美を持ち、容姿も美しい」といったニュアンスがあったと考えられる。
もちろん、百貫デブのハムレットが贅肉を揺らしながら決闘に臨んでいたら、それは悲劇ではなく喜劇になってしまうが、逞しく力強い肉体を持った男性というイメージを描くのは妥当であるようだと言えよう。
マンガ版に描かれたハムレット Hamlet New Current Illustrated Series/1 (1984, Academic Indusrties, Inc.) |
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