Wednesday, 2 October 2013

システムが人間の上に君臨してはならない―Ivica Osim

システムが人間の上に君臨してはならない

元サッカー日本代表監督のオシム氏は数々の名言を残しています。(参考:Ivica Osim-サッカーの名言
専門分野は全く違えど、教え子はもちろんのこと、その分野に関わる人々全体に影響を及ぼす「高度なことばの使い手」という意味ではあたしにとっても大いに参考になる、尊敬する人の一人です。

そんなオシム語録の中で、英語教育業界においても同様のことが言えると思い、今回紹介するのがタイトルに挙げた「システムが人間の上に君臨してはならない」という言葉。

サッカーで言うシステムとは、各ポジションの選手を何人ずつどのように配置するかのことで、各チームの戦術に確かに大きな影響を与えます。
しかし、例えば「攻撃的なシステムで戦う」ということを決める前に、やはりチーム内の選手の特長を考えなければいけない。選手の良さを引き出しあえるように配置を考えるのであって、その逆ではない、という趣旨で、オシム氏が監督時代に語ったものです。

メソッドが学習者の上に君臨してはならない

同様のことが、英語教育業界でも起こっていると思います。

なんちゃらメソッド」だの「かんちゃら学習理論」というのがもてはやされ、「それに従って学習するだけでXヶ月後には英語がペラペラに!」なることになっています。
もっと卑近な例を挙げれば、「今までの日本の英語教育は文法と和訳ばっかりやってきたから話せるようにならない。もっと会話・コミュニケーション重視の英語教育をやらなきゃだめだ。」なんて言説は、聞き飽きるほど巷にあふれています。

上に挙げた例って、まさに「システムを人間の上に君臨させている」のではないでしょうか? もちろん、ある学習法に沿って一定期間学習をすると、一定の成果をあげる学習者が出てくること自体を間違っているというつもりはありません。

しかし、サッカーで「どんなチームでも絶対に勝てる最強のシステム」が存在しないのと同様、「どんな人でも絶対に英語が身につく最強の学習法」も存在しないでしょう。
サッカーのシステムに関しては、すぐに納得してくれる人が多いかと思うのですが、なぜか英語学習の方では、「Aのやり方で勉強しても続かなかった。Bのやり方に代えたけど伸びなかった。今度はCでやっているけど、どうもピンとこない…」という風に迷子になっていく人が非常に多いように感じています。

選手=学習者としては

「どのチームに行けば・どんなシステムなら・どのポジションなら」自分が活躍できるだろう…?ということばっかり考えて、練習しないサッカー選手がいたら、やることの順番がおかしいでしょ!とツッコミたくなりませんか?
サッカーそのものが上手ければ、結局どんな戦術を採ろうとも、「ボールを相手ゴールの中に蹴りこむ」という共通の目的の中で、何かしら活躍できるポジションを見つけられるはずです。

同様に、「どんな勉強法なら最短で英語が身につくか?」なんてことを探るより、英語の基礎練習をする方が先でしょう。英語における共通の目的とは、「相手の考えを理解し、自分の考えを伝える」ということに集約されると考えて大きな異論はないと考えます。

そうすると、基礎練習とは:

  • 単語」を覚え
  • その単語を並べるルールである「文法」を習得し
  • 作り出した文が相手に伝わるように「発音」を正しいものに近づける
…といったことに他ならないわけです。

監督=教師としては

オシム氏はプロチームの監督だったわけですが、英語教師はもっと、ユース世代などの指導者の立場に近いのではないかとあたしは考えています。
というのも、プロサッカーチームの監督は「サッカーができる人」を相手に教えるわけですが、英語教師は「(基本的には)英語ができない人」を教えるのが仕事になるわけですから。

こと英語教員というのは、「自分がこうやって英語を身につけた!」とか「自分がこう教えてきたら、多くの生徒でうまくいった!」ということに拘泥して、自分の「指導法」とやらに生徒を合わせようとすることが多いような印象があります。

しかしながら、ゴールキーパーに「点取ってこい!」と指示する監督がいたらバカだと思うのであれば、自分がもしそのように指導していたら、自分もバカだと自覚しましょうね。

☆Here is the Path to Wonderland★

最終的には、自分のサッカー/英語への向き合い方を見せて、選手/生徒が何を感じ取るか、だと思う。




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